悠久の刻を越えて 3





サイオンを使わず、自分の足で、歩く。
自由に歩けることが、嬉しかった。
あの時は動きたくてもまともに動けなかった。
今を生きる人々にとっては400年前だが、ブルーにとってはついこの間のこと。
動けない体がもどかしくて、辛かった。

それが、いまではこんなに健康な体になっているのだ。
ジョミーは自分が怒るだろうと言っていたけれど、寧ろ、感謝したいくらいだった。

周りを見渡すとサイオン反応は点在していて、反応の感じられない者もいて。
本当にミュウと人間が共存しているのだ。
ここまで双方が打ち解けられるなんて。
ジョミーは、本当に素晴らしいミュウだったのだ。

そのことがとても嬉しくなって、心が弾んだ。

ブルーが向かっていた国立の図書館は意外と近くにあって、迷わずに辿り着くことが出来た。
入り口のゲートに先程貰ったIDパスを翳すと、何事もなく通れた。

「便利なものだな…」

ガニメデやアルテメシアにあった街とは随分違っていて、400年経ったことを実感していた。
静かな館内を歩くと、大量の資料や文献が見えた。
文献は旧文明のものだから、古い書籍の匂いがしている。

ブルーは一通り見回した後、電子端末の繋いであるデスクに座った。
検索欄にジョミーの名を打ち込むと、一気に検索結果が映し出された。
ジョミーは人間とミュウの共存を図った英雄と称されているようで、膨大な資料が残されている。
一つ一つ、くまなく目を通していくブルー。

「…………」

ジョミーは、200年ほど前に亡くなったようだ。
沢山の仲間達に、見守られて。
眠るように亡くなったと、書かれていた。

アルタミラから一緒に戦ってきた仲間達も、ジョミーを見送った数十年後に亡くなったらしい。

「ジョミー…」

まさか、自分の方が長く生きるなんて思ってもいなかった。
ジョミーよりも300年も早くに生まれた、自分が。
あの愛し子が、もうこの世にはいないのだ。

そう考えた瞬間、ブルーの心の中がぽっかりと穴が開いたような気分になった。

暫く資料に目を通していたのだが、どうにも気分が元に戻らない。
ブルーは記事をプリントアウトして検索を終了させて席を立つと、そのまま足早にゲートを潜り抜けて、図書館の外に出た。








そして向かった先は、記事に書かれていたジョミーの墓だった。

派手なことを嫌ったジョミーは、一般の人と同じように葬ってくれと頼んだそうだ。
都心から離れた郊外に、墓があるらしくて。
ブルーは何とか交通機関を乗り継いで、やってきた。

まだまだ開拓されていない港町の、丘の上。
そこに、ジョミーの墓があるらしい。
何度か人に聞きながら、漸く丘の下に着いた。

丘の頂上に石碑と、一本の木が見えた。

踏みしめるようにして、一歩ずつ、丘を登る。
ジョミーがいないことを認めたくないのか、足が前に進まない。
心の中で自分を叱咤しながら、なんとか丘を登りきった。

海から吹く風に銀の髪を揺らせながら、ブルーは石碑に近づいた。

石碑の隣には、小さな墓標があった。
綺麗に掃除されているそれは、とても200年前に建てられたとは思えないくらいだ。

墓標の前に膝をつき、文字に目をやると刻まれていた、ジョミーの名。

思わず震える手を伸ばして、その名をなぞった。

「ジョ、ミー…」

一字一字、ジョミーの名をなぞった。
彼が生き、そしてここに眠った証。

―――彼は、幸せに暮らしただろうか?
―――何を思って、逝ったのだろうか?

自分に、ジョミーの最期の想いを、知る術はない。
心の中の空虚な穴は広がってゆくばかりで。
溢れた想いが、ジョミーの墓標にぽたりと滴り落ちた。

地球へ、来たかった。
憧れ、想い続けたはずの地球。
そこに、自分はいるのだ。
地球はとても綺麗で、海も緑も、全て輝いて見えるのに。

この虚無感は何なのだろう。

そう考えて、気付いた。

―――僕は、皆と地球に来たかったんだ―――

共に傷付き、励ましあい、闘った仲間達と。
地球で平和に、争うことなく。
笑い合って、暮らしたかったのだと。
気付いた。

「………っ…」

ギュッと瞑った目蓋から、熱い雫が更に溢れた。

嬉しいのに、悲しい。
皆がいないことが、こんなにも辛い。

ジョミー、フィシス、ハーレイ、ゼル、ブラウ、エラ―――。

ジョミーの眠る丘の上で、ブルーは静かに涙を零した。
潮風に吹かれた雫が、きらきらと舞った。


そして、ふいに後ろから聞こえた声。



「…ブルー?」



誰も知るはずのない自分の名を、誰かが呼んだ。













     
難産だ!
シリアスムードですみません。






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