不器用なあなた





「ねぇ、ブルー…もう少しここにいていい?」
「だめだ。もう部屋に戻りなさい。」

床に膝をついて上体をベッドに乗せるジョミーは、ブルーの顔を覗き込んで言う。
しかしブルーにぴしゃりと言われて、拗ねたようにブルーを睨んだ。

「明日も早いんだから、はやく寝なさい」
「ケチ!ブルーの意地悪!!」

邪険とまではいかないが、まるで邪魔だとでも言うように冷たく言われて。
まるで子供のように――いや、実際に子供なのだが――ジョミーはふんっとそっぽを向いて、まだ上手く使えないであろうテレポートで部屋へと戻った。
そしてブルーの部屋からテレポートを使ってやってきたのは、なんと天体の間の天井近くだった。

「うわ、わわわわ…!」

ひゅるるると音を立ててジョミーの身体は急降下してゆく。
背中の方にサイオンを集中させるのだが、突然のことでうまくガードを形成できないのだ。
やばい、と思った時には既に遅く、ジョミーは背中をしこたま床にぶつけていた。
ずだんと響いた音にアルフレートが下を見た。

「ジョミー・マーキス・シン!?」
「あら、ジョミーがいらっしゃるの?」

背中への衝撃にジョミーはゲホゲホと咽ながら床に転がる。
アルフレートに手を引かれながらやってきたフィシスが床にしゃがみ込み、ジョミーを起こしてくれた。
手が触れた瞬間に、ジョミーの心の声が聞こえてくる。
そして、ブルーとジョミーのやりとりが見えた。

「…あら…」

暫くの間咽ていて、やっと落ち着いたジョミーは床にあぐらをかくとむっすりと唇を尖らせた。
アルフレートとフィシスは顔を見合わせて。
気を使ったのか、アルフレートは静かに天体の間を出て行った。

「ジョミー、お茶でも飲みませんか?あちらにお座りくださいな」
「………ありがとう」

今度はフィシスがジョミーの手を引いて、階段を上った。
最近、ジョミーはよくここに遊びに来る。
その為に簡易椅子を用意してあるのだ。
フィシスはターフルの上のティーカップに紅茶を注ぐと、椅子に座ったジョミーの方にすっと差し出した。

「ありがと…」

ふぅふぅと冷ましながら、ジョミーは紅茶を口に含んだ。
ストレートで程よい渋みがあって、とても良い香りだ。

「おいしい…」
「でしょう?今日の茶葉はお気に入りなの」
「そうなんだ…ごめん。」

カチャンと音を立ててソーサにカップを置くと、ジョミーは小さく溜息をついた。
フィシスの気遣いがとても有難いが、どうにも気分が晴れない。
何か話さないとと思うのだが、そう思って焦るばかりで話題が出てこなかった。

「ジョミー、無理してお話しなくても大丈夫です。」
「フィシス…やっぱり、君にはお見通しなんだね…」

ジョミーは苦笑して、再び紅茶を飲んだ。

「ソルジャーが何かされました?」
「…そっちも分かったんだ…?別に、ソルジャーは何もしてないよ…多分」
「多分?」

首を傾げてフィシスが言う。
フィシスは盲目だが、その分とても耳が良いのだ。
その人の声のトーンや口調をとても敏感に聞き取ることが出来る。
ジョミーの声のトーンは、落胆とでも言うべきか。
ひどく落ち込んでいるのだ。

「うん…多分。………僕の、思い違いかも、しれないし…」
「思い違い…ですか?」
「そう…ブルーが、僕に冷たいんだ。部屋に行ってもね、すぐにやんわりと追い出されるし…全然僕に触れようともしないし、それに、ブルーは自分のことを全くと言っていいほど話さないんだよ。僕が聞いても、"さぁ、そんなに昔のことは忘れたよ"って言うばかりなんだ。僕、何のためにブルーに会いに行ってるのか分からない…話を聞いてもらうためだけに行ってるわけじゃないのに」

そこまで言うと、ジョミーははぁっと今度は大きな溜息を漏らした。
視界がだんだんと涙で歪み始めている。
ジョミーは泣くまいと唇を噛み、膝の上で拳を握って堪えた。
ブルーが何も話してくれないと言うことは、自分がそれだけ信頼されていないということなのだろう。
この艦でジョミーが信頼できるのは、ブルーと数名だけなのに。
そう思うとどんどん悲しくなってきて。
マントで強引に涙を拭うと、また紅茶を一啜りした。

「ジョミー…」

ジョミーの悲しみが痛いほど伝わってくる。
フィシスはこんな風に、話を聞くことしか出来ない。
話をきくことは出来るけれど、ジョミーの力にはなってやれないのだ。
それに、ソルジャー・ブルーの心理を読めるものはこの艦には存在しない。
どれだけ願っても、どれだけ念じても、彼は心を開くことはなかった。
ブルーの心を知れる唯一の人物が、ジョミーであるのに。

「…ごめん、フィシス。君にこんなことを言って…僕は…大丈夫だ。まだ頑張れる。」
「ジョミー…無理はしないで…」
「うん、本当に大丈夫。それよりこの紅茶本当においしいね。なんていう紅茶?」

無理に声のトーンを変えるジョミーが余計に痛ましい。
でも、ジョミーがそうしたのなら、フィシスも従うしかなかった。

「これは、ダージリンのシルバー・フラワリー・ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコーです」
「し、シルバー…?」
「ふふ…とてもいい茶葉、ということですわ」

目をぱちくりとさせて首を傾げるジョミー。
長い名前はジョミーには覚えられなかったようだ。
フィシスがふふっと微笑み、ジョミーはつられて微笑む。
すると、どこから持ってきたのかレインがクッキーの袋を咥えてぴょんとターフルの上に乗った。

「レイン!どこから持ってきたんだよ!」
『ジョミー、元気ないからカリナにもらった!』
「まぁ…」

擦り寄るようにして慰めようとするレインからクッキーを受け取り、ジョミーは破顔した。

「ありがとう、レイン」

するりとリボンを解き、ふわりと包んである布を広げる。
その中には、色とりどりのクッキーがあった。
一つ摘んで、ジョミーは口に放り込んだ。
さくさくとしたそれは、とても美味しくて。
チョコチップの入ったクッキーを摘むと、フィシスの掌に乗せる。

「フィシスも、食べて…」

フィシスは頷いて、掌のそれを摘み、口に含んだ。
レインにはクッキーはあげられない為に、ポケットからプカルの実を取り出して渡した。
するとレインは嬉しそうに鳴くと、またどこかへ走って行ってしまった。

「かわいいですわね」
「うん。でも、レインにまで心配されちゃって…」
「それだけ、レインが賢いということですわ。」

くすくすと笑い合って、ジョミーは紅茶のおかわりを淹れてもらった。
フィシスのお気に入りのシルバーなんたらという紅茶は本当に美味しくて、何杯も飲めそうだった。

暫くの間クッキーを食べて、フィシスと雑談をしていた。
だが、ふいに聞きなれた声が後ろから響いたのだった。

「ジョミー」
「…………!!!」

今一番聞きたくて、一番聞きたくない声。
顔を見るのが怖くて、ジョミーは振り向くことが出来なかった。














     
一度書いてみたかった、ジョミーに冷たいブルーでございます^^
でもあまり冷たくなりきれていないやも…;;;;;




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