BLOOD 5





「うー…ん…」

ぱちりと目を開けると、そこは暗闇だった。
だが、真っ暗なはずなのに辺りがよく見えて。
ジョミーはむくりと身体を起こした。

「いたっ…」

ふわ、とあくびをしようとしたら、口の端にピリッと痛みが走った。
痛みに顔を顰めて、ジョミーは口を手で覆った。

(殴られた…ん…だっけ…)

あまりよくは覚えていないのだが、ジョミーのいた部屋に何人もの人が駆け込んできたのだ。
そしてその人々は顔を真っ青にして、ジョミーをブルーから引き離すと、ジョミーを力いっぱい殴った。
床に吹っ飛んだジョミーが意識を手放すまで、暴行を加えられたのだ。
勝手に連れてこられて、殴られて。
何だか、とても理不尽だと思った。

少しムカムカしてきた所で、隣からとてもいい匂いがしてきた。
そこには、ブルーが眠っていた。
何か、身体の奥の欲望を擽るような香りだ。
頭の芯がくらくらして、ジョミーは顔をブルーに近づけた。
先程この匂いを嗅いで、それからの記憶があまりない。

(…いいにおい…だめだ…がまん、できない…)

牙を剥き、ブルーの首筋に噛み付こうとしたとき、ボフンとベッドに押し付けられた。

「ジョミー…もう、だめだよ。今日はあげられない。」

闇の中で、やけに紅が目立って見える。
吸い込まれそうな朱色を、ジョミーはぼんやりと見た。
そしてハッと正気に戻ったジョミー。

「え…ぼ、く…何を…」

口を手で覆い、ジョミーは驚きに瞠った瞳でブルーを見上げた。

「これで、分かっただろう?君はミュウなんだ。」
「…ちがう!僕は、僕は…ミュウじゃない!!」
「君がそう思うのなら、それでも構わない。でも、君はもう人の血液がないと、生きていけないよ。」
「………何てことを、してくれたんだ!僕は…っ…人間のままでいたかった!人の血なんて、いらない!!」

そう叫んで、ジョミーはブルーの寝室を飛び出した。

「ジョミー!待つんだ!」

後ろから制止の声が聞こえたが、ジョミーはとにかく、この場にはいたくなかった。

(なんで、何で僕が――――!!)

走っている途中で双眸が熱くなって、涙が溢れた。
悔しさなのか、もう後戻りできない悲しさなのかは分からない。
よく分からない感情がジョミーの心の中で渦巻いていた。

「っく…ぅ…」

どこをどう走ってきたのかは分からないが、ひらけた庭のような所に出た。
ふらふらと庭を歩いていたジョミーは、唇を噛み締めて、蹲った。
溢れた雫が、ぱたぱたと地面に落ちてゆく。
緑に溢れ、光に満ちている庭はとても綺麗だ。
なのに、こんなにも心が苦しい。

「ママ、パパ、サム、スウェナ…!」

まだ一日しか経っていないのに、思い出す面々が、ひどく懐かしい。
だが、もう彼らとは違う存在になってしまった。
研ぎ澄まされた感覚が、それを物語っていた。

「ジョミー様、こちらにいらしたのですか…?」

突然かけられた言葉に、ジョミーは驚いて振り向いた。

「僕は、リオと言います。ソルジャーのお世話係みたいなものです。」
「あ…ぼく…は…」
「存じていますよ、ジョミー様。ソルジャーの…愛し子。」

本当は後継者と言おうとしたのだが、状況を認め切れていないジョミーには酷だろうと、別の言葉を選んだ。
涙を零しながら振り向いたジョミーのエメラルドの瞳は、濁りが無くとても綺麗だ。
未来のソルジャーに、微笑みかけながらリオは近づいた。

「お隣宜しいですか?」
「え…あ、はい。」

ゴシゴシと涙を拭ってジョミーは姿勢を正した。
その隣にリオが座り、静かに空を見続けていた。

「ここはどうですか?僕がいつも手入れしてるんですよ。」
「ぅえッ?あ、はい、綺麗です…緑が沢山あって…花も…」
「そうですか、良かった。」

そう言って微笑むリオは今までに会った人とは違い、とても優しい雰囲気を纏っている。
ブルーはどこか儚げで切羽詰った感じだったし、ハーレイという人は淡々と仕事をこなしているだけだった。
自分を殴った男達は怒りを露にしていた。
この人なら、と膝を抱えて顔を埋めたジョミーが呟いた。

「リオさんも…ミュウ、なんですか…?」
「ええ…この屋敷にいる者は皆ミュウですよ。」
「そう…ですか…」

少しがっかりしながら、ジョミーは膝に顔を埋めた。
リオはあからさまにがっくりと頭を伏せたジョミーに苦笑しながら、話しかけた。

「不死に近いと言われているミュウの長であるソルジャーが、何故燃え尽きようとしているか知っていますか?」
「え……?」
「ソルジャーは、ミュウとなってから今まで、殆ど血液を摂取していないんですよ。」

リオの口から発せられた言葉に、ジョミーは呆然と見つめ返した。













     
久しぶりすぎてすみませんです…!
ブルーが弱っているのは、こういう訳でした。




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